これがナイスじゃなかったら、何がナイスだよ? カート・ヴォネガット卒業式講演集

「これで駄目なら 若い君たちへ-卒業式講演集」(カート・ヴォネガット、円城塔訳、飛鳥新社)を読んだ。

前に、デイブ・ブルーベックは、第二次世界大戦の北フランス戦線でパットン将軍率いる「バルジの戦い」の前線の軍楽隊で演奏しているころに、後に長く一緒にコンボを組むことになるポール・デズモンドと出会った、ということを書いた。(これ

ヴォネガットは、なんと!このバルジの戦いでナチス・ドイツ軍に捕らえられて、ドレスデンの捕虜収容所を生き延びた人だよ。

ドレスデンは1945年1月の連合軍による絨毯爆撃によって街が灰燼に帰した。ソ連がドイツに進軍しやすくするという目的でドイツの東部戦線の補給機能を壊滅させるため、結節点のドレスデンを破壊したもの。ドレスデンは交通の要所であり、ロジスティックス上の重要性があったが、「目立った軍事施設もなく、「エルベ河畔のフィレンツェ」の別名の通りドイツ最高のバロック様式の美しい街並みと数多くの文化財が知られており、人々はドイツの中でも「ドレスデンだけは空襲に遭うことはない」と信じていた。ドイツ軍も空襲に対してはほとんど無警戒であった」(Wiki)であったとのことだから、日本でいえば、京都、奈良が東京の補給ラインに直接影響する位置になったという状況と思えばいいのかな。

この大空襲ではソ連の赤軍から逃れてきた多くの難民を含め少なくとも数万人とも言われる死者が出たと言われている。ドレスデン国立歌劇場のゼンパー・オーパーなど多くの歴史的建造物が破壊された。ゼンパー・オーパーは1985年に再建復興され、ドイツ統一後は州立の歌劇場として高い人気を誇っているところだよね。専属管弦楽団はシュターツカペレ・ドレスデン。現在の首席指揮者はクリスチャン・ティーレマン。バイロイト音楽祭の音楽監督だが、サイモン・ラトルの後任として本命視されていた世界最高峰のベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者兼芸術監督を座をロシア系のキリル・ペトレンコに奪われてしまった、バイロイトでも新世代マエストロとして注目されているボストン交響楽団のアンドリス・ネルソンスが出演を直前にキャンセルしたのもティーレマンとの衝突?があったからだとか、いろいろ話題に欠かない直情派熱血漢?がたまたま11月に来日しますね。(ザルツブルグ・イースター音楽祭in Japan)オーケストラ・プログラムはブロンフマンのピアノでベートーベンの皇帝かあ・・・ちょっと行きたい気がするが・・・。

で、ヴォネガットはドレスデンで捕虜となっていたときにこの空襲を地下食肉倉庫に逃れて九死に一生を得て帰国。この経験が後の「スローターハウス5」という作品となった。映画化もされている。復員兵援護法を利用して(ブルーベックもそうしたよね。広島に原爆が投下された1945年8月6日に海軍に入隊して、訓練後パール・ハーバーにいたコルトレーンもなんかも。)シカゴ大学に学び、作家として名声を博するようになるまでも新聞記者として、またGE(ジェネラル・エレクトリック)の広報、それから様々な仕事にもついて家族を養った。「日々の暮らしの中でのほんのささやかな素晴らしい瞬間に気づき、感謝し、」(本書、11ページ)「これがナイスじゃなかったら、何がナイスだよ?(この時、この場、この瞬間がナイスなんだよ)」(注1)と問うことの重要性を若者たち(を通じて)世の中に語りかけた人。ヴォネガットの叔父が「夏の日に、一緒にリンゴの樹の木陰でレモネードを飲んでいた」(同、47ページ)ときに、言った言葉として紹介される。この本の題がその言葉。

また、次のように、コミュニティ主義者といってもいい思考を分かりやすく語りかける。「君たちは君たち自身のコミュニティを立ち上げたり、つくり直したりすることになるだろう。その運命を楽しむんだ。君にとってのコミュニティは世界の全てに相当する。他の全てはにぎやかしだ。」「マーク・トウェインは、その豊かで満ち足りた、ノーベル賞なんてもらわなかった人生の最期に、人生には何が必要なのかを自問してみた。そうして、ほんの六語で足りることに気がついた。わたしもそれで充分だと思う。君たちにも満足いくだろう。それは隣人からの良い意見(The good opinion of our neighbors)。だよ。隣人というのは、君たちのことを知っていて、君たちに会って話しかけることができるそういう人たちのことだ。君たちは君たちでその隣人の助けになったり、良い刺激を与えることができたかもしれない。そういう隣人というのはマドンナやマイケル・ジョーダンのファンほど多くはいないよね。隣人から良い意見をもらえるには、大学で学んだ特別なスキルを使って、模範となる書物や先人たちが示してくれた良識と名誉とフェアプレーの基準を満たすようにしないといけない。」(同、54~55ページ)(注2)

ヴォネガットは村上春樹が若いころに手本にした作家のひとりとして有名だよね。最近は日本で村上とヴォネガットを語ることもなくなっているけどね。思想と実践の点で、村上とは性質が相当異なっているのかな。ヴォネガットは「従来の宗教的信仰」に懐疑的だったドイツ自由思想の家系の出身であり、信条としては人間中心のヒューマニストなのだろう。(Wiki)彼の作品によく出てくる「拡大家族」については、本書でも「卒業する女性たちへ」の講演でこのように語りかける。

「以前、ナイジェリアで出会った男の話だ。イボ族のその人物には、600人の親族がいて、彼はそのいちいちをよく知っていた。彼の妻はちょうど赤ん坊を生んだところで、それはどんな拡大家族においてもやっぱり一番のいいニュースだった。彼らはその赤ん坊をあらゆる年齢の、大きさの、体形のイボ族の親族全員に見せに出かけるところだった。他の赤ん坊に出会うこともあれば、そう年の離れていないいとこたちに会うこともある。充分に育ってがっちりした体になっていれば、みんなその赤ん坊を抱きあげ、抱き寄せ、そしてホラホラ、可愛いねえ、顔だちがいいじゃないか、と語りかける。君たちはそんな赤ん坊になってみたいと思うだろう?できれば、君たちに魔法の杖を一振りして、君たちを一人残らず、ツボ族やナバホ族やケネディ家の一員にしてやりたいと思うんだよ。」(注3)

ヴォネガットは初期の社会主義労働者リーダー、地元インディアナ州出身の2人のリーダーとしてパワーズ・ハプグッドPowers Hapgood(1899~1949)とユージーン・デブスEugene V. Debs(1855~1926)に強い影響を受けており、本書でも何回か彼らに言及する。ハプグッドはハーバード大学を卒業し労働運動に身を投じ、米国鉱山労働者組合を組織、社会党からインディアナ州知事選挙に出馬し、また、米国最大の冤罪事件と言われるサッコ・ヴァンゼッティ事件(映画「サッコとヴァンゼッティ(邦題は「死刑台のメロディ」)」にもなったし、主題歌「勝利の讃歌」はジョーン・バエズが歌った。)でも彼らを支援した。デブスはアルザスの移民の子に生まれ、鉄道労働者(機関士)となってアメリカ初の産業別労働組合を組織、1900年を皮切りに1920年の大統領選まで5回(1900年を除きアメリカ社会党から)立候補した人。そのうち1906年の大統領選が最高で6%の得票率だったとのこと。(Wiki

本書にまとめられた講演は、古いものは1978年(カーター大統領時代)、1994年が2回、1996年、1999年、2000年、2001年同日のハシゴで2回、最後が2004年。2001年の2回は9.11の1か月後のものだ。

1978年はカーター、1994年~2000年はクリントン、2001年からは子ブッシュが、それぞれ大統領だったときである。ほとんどの公園は大学卒業生に向けたものだが、カール・サンドバーグ賞受賞講演などの2つは、大学に行ってないとか気にするな、と語りかけるもの。

9.11は、イスラム教徒へのヘイトクライムが急増するなどアメリカ人の精神風土に不可逆的な変化を与えた事件だったが、ブッシュは大量破壊兵器があるとして(後にその事実がないことが明かになった)イラク戦争に踏み切った。ヴォネガットのブッシュ批判は激烈である。「イエール大学を出た上流階級にも、ろくなことを言ったり書いたりできない連中がいます。」(同、95ページ)実名を挙げたところでは「大統領のジョージ・W・ブッシュが自分ではっきりと告白したところによれば、彼は十六から四十一の間という結構長い期間、酔っ払いというか、ほろ酔いというか、泥酔というかの状態にいた。彼が言うには、イエスが彼の前に現れて、生意気さ加減を正し、アルコールでうがいするのをやめさせたそうだ。」(同、83ぺージ)ブッシュの飲酒癖は有名で3度の逮捕歴もある。Wikiにはもっと激しいブッシュ批判がまとめられている。

バーニー・サンダースがこれほどの支持を集める現在のアメリカがハプグッドやデブスの社会民主主義の流れを汲み、足元の社会、労働する自分を取り巻くコミュニティ(まち、仲間)を大事にする伝統を現在の文脈で捉えなおそうという運動になっているからであるのではないか。すごく単純な比較をすると、デブスが前世紀はじめの得票率が最高でも6%だったのに比較して、ヒラリー・クリントンと州によってはいい勝負をしたことから、仮に全米がまんべんなく共和党と民主党が互角だったとすれば、サンダースは25%くらいの得票をしていたという見方もできなくはない。それだけ社会民主主義的見方が国民の中に(特に若い層、ジェネレーションX層に)広がっているのは今までになかったことだ。

デモグラフィック(人口動態)の変化もこうした社会的な変化を後押ししていると言われる。アジア系移民、ラティーノと言われるラテン系国民の増加は比較的若い層が中心。若い層は、理想的な思考ができ、自分の夢を語る時間的余裕があるし、この何十年かのパクス・アメリカーナによって国民の教育水準も上がっている。白人層が少なくなる、教育水準が上がると民主党支持者となりやすいのがアメリカだという。先日聞いたウォールストリート・ジャーナルの「米大統領選特集2016」で編集長のジェラルド・ベーカーが2012年までの20年で国勢調査の白人人口比率が87%から73%に減少している、と言っていた。(Huffington Postに吉川敦也という慶応大の学生さんの取材記事があるので参考までに。ベーカーの話でぼくが印象的だったのは、ヒラリーは国民から「信頼されていない」ということ。なんか隠してる、なんか口先だけだ、そんな感じのようだ。最終盤にきてトランプ氏の女性への侮蔑的対応が炎上しているが、そもそも両候補とも人気がないといういまだかつてない大統領選だというわけだ。)

バーニー・サンダースはブルックリンの貧しいペンキ職人の家に生まれ、シカゴ大学卒業後はイスラエルのキブツ(集産主義的協同組合)で数ヶ月間過ごし、その後一貫して「格差が少なく普通の人々が政治的な力を持てる社会の形成」という政治理念を保ち続けた、という。(Wiki)キブツは帝政ロシアの迫害から逃げてきたユダヤ人たちが始めた共同体で、「生産的自立労働」「集団責任」「身分の完全な平等」「機会均等」を4大原則としている。

20年くらい前、当時勤務していた会社で、経理部のフツーの男がある日、イスラエルに行くのでやめます、という挨拶をしたのでびっくりした経験がある。キブツに行くと言っていた。今はどうしてるのかなあ。海外でボランティアをしながら英語を身に着けようというサイトに、キブツを紹介するものがあったので、参考までに。

今回も長くなったけれど、この本で言われる「コミュニティ主義者」ヴォネガットの語りを通じてアメリカと日本の地域社会=コミュニティを考えるきっかけにできると思う。

(注1)この本の題となっているヴォネガットの叔父の言葉、If this isn’t nice, what is? 日本語版は「これで駄目なら」になっているけれど、ピンと来ないのでぼくはこのようにしました。

(注2)日本語版の翻訳をベースにしたけど、「年長者に従う暮らしをするべきだ」となっている部分は、「フェアプレー」も含まれていないし明らかな誤訳なので、「隣人というのは」以降はぼくが訳してみました。

(注3)ここも日本語版の翻訳をベースにしたけど、最後のセンテンスが訳されていないうえ、その直前の問いかけの文章も翻訳はピンと来ないのでこのようにしました。

 

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