昭和4年生まれのセシル・テイラー ・・・ ユニット構造の征服者!の50周年記念

ぼくの父親は昭和4年生まれで今年亡くなったが、ビル・エバンスもセシル・テイラーも、さらには日本人では秋吉敏子も、ピアノではないが北村英治も、昭和4年。北村さんはぼくの同級生がやってる秋田・大潟村の河内スタヂオでスコット・ハミルトン、エディ・ヒギンズとの共演盤(文句なし。素晴らしい!)なんかを録音していて、秋吉さんについては、長年の支援者のジョニーさんの盛岡の店でのソロライブにも行ったことがある。この2人の日本人ジャズ・ミュージシャンはそれぞれのやり方で日本のジャズを切り開いてこられた方々だ。ビル・エバンスとセシル・テイラーもお互いにまったく違うやり方でジャズの風景を形作ったジャイアンツである。

セシル・テイラーは最近はヨーロッパでの活動が多かったけれど、2014年には京セラの稲盛名誉会長が設立した稲盛財団の京都賞を芸術分野で受賞している。京都賞って従来ノーベル賞がなかった分野について「科学や文明の発展、また人類の精神的深化・高揚に向けての創造的な活動に対する顕彰」をすることで、今や世界的に権威が高いものとなっていると言われている。昨日死んだアンジェイ・ワイダ(1987年受賞)、日本では関空旅客ターミナルの設計で知られるレンゾ・ピアノ(1990)、セシル受賞の前の音楽部門の受賞者はピエール・ブレーズが受賞。

セシル・テイラーがデビューしたのは1956年の「ジャズ・アドバンス」。マイルス・デイビスがプレスティジとの契約を早く履行してコロンビアに移籍するため、例の「四部作」マラソン・セッションを5月と10月にしていた同じ年に、セシルはその後のジャズインプロヴィゼーションの地平を切り開く力仕事をしたというわけだ。オープナーからぶっ飛びます。モンクのベムシャ・スイング。出だしのテーマがなんとなくおとなしめに提示された後、セカンドコーラスから一気にパ-カッシブで眩暈的な世界が提示される。ベースとドラムス(バージン諸島生まれのデニス・チャールズ)が4ビートできっちり運転しているからなおさら、緊張感に包まれる。「スウィング」をタイム(拍)、ピッチ及び強度の統合による「エネルギー」に変えた、とゲーリー・ギデンズは評した(注)が、そのエネルギーがバシバシ伝わる。

ベースはブエル・ニードリンガー。もともとクラシックのチェロを学んでいて60年代以後、ヒューストン管弦楽団でも活躍。フランク・ザッパとも活動していたらしいから、何とも器用でバーサタイルな人なんだね。イェール大学を1年でドロップアウトして(自分の周りにいる人間たちが、マッカーシー委員会による赤狩りの尋問をする側の人間と同じようなやつらばかりだったので、とのことだ)イェールの同窓会でラズウェル・ラッドと会い、その縁でスティーブ・レイシーに、スティーブがセシルをブエルに紹介、という形でつながっている。

セシルとの出会いについてブエルがオールアバウトジャズ誌に語ったところによれば、以下のような感じ。

彼がお父さんと一緒に住んでいた98シェリフ・ストリート(イースト・ビレッジの南側だね)の6階の部屋に階段をよっこら上って行って、確か(ドラムの)デニス・チャールズは居なかったから、スティーブ・レイシーとぼくとの3人。セシルが出会いがしらに「コテージ(別荘)の売り物を知ってるか?」「知らないよ」「ま、いいや、俺たちはこれからそれを演奏するんだからな」って。ぼくは当時すでにストラヴィンスキーとかを聞いていたし、主流ではない作曲家にはもう慣れていたからね。最初の出会いはほんとにいい感じだったなあ。でもオーネット・コールマンが出てきて、セシルへの注目はオーネットに奪われてしまった。オーネットに投資した連中(ジャズ・レビュー誌の共同創始者のガンサー・シューラーとショー・ウェンシ、及びMJQのジョン・ルイス)がいて、そのカネでね。(出所

なお、ショー・ウェンシHsio Wen ShihはMIT卒業の建築士だったそうで、実際にオーネットのマネジャーもしていたようだが、1960年代中頃には消息不明になっていたらしい。名前からして、チャイニーズ・オリジンであることは間違いない。HsioがもともとHsiaoであれば蕭、Wenは文、Shihは士かも。ガンサー・シューラーも、ジャズ・レビューのもう一人の共同創始者のナット・ヘントフも彼について語っていないところを見ると、いわくありげだなあ。

デビュー10年たった1966年には、ブルーノートに2枚の作品を発表。Unit Structures とConquistador!。RVG(ヴァン・ゲルダー)の音だよ!翌67年はセッションの記録がないし、その後もポツポツとフランスなどで演奏したようだけれどスタジオ録音は1978年のCecil Taylor Unitあたりまでなく()、コンサートのライブばかりである。ということもあって、このブルーノート盤がセシル・テイラー音楽の一つの完成形だというのが定説となっている。50年前のセシルの完成形を楽しもうっと!

Steps 階段。階段を登っていくと、風景が変わっていく感じの緊張感と高揚感。

Enter Evening(Soft Line Structure) 夜、入場(柔らかい線の構造)。ケン・マッキンタイア(エリック・ドルフィと一緒にやっていた人だね)のバスクラリネットやオーボエが柔らかいいい感じ。

Unit Structure/As of A Now/Section ユニット構造物/一つの「今」時点では/立面図というネーミングがある演奏。ユニットのマンションといえば、黒川紀章の中銀カプセルタワービルを思い出します。そういえば築地市場の豊洲移転を決めた石原東京都知事が三選を狙った2007年の都知事選挙に黒川紀章も出馬したのだったなあ。このCDジャケットも色とりどりのセシルのキューブが積み重ねられているよね。「今」を数えられる普通名詞として表現したりしているのも世界の多様性認識への希求が見られますね。

Tales (8 Whisps) お話・8つの束 変化の富んだお話の束。エンディングとしてもよくできた小品、といっても7分ですが。最後の束が45秒くらいのピアノソロ。これが絶妙に詠っている。

Conquistador 18分のアルバムタイトル曲。7分ちょい過ぎの静から動に変わるあたりの昇天感がいいなあ。終わりにかけての4分くらいはアラン・シルバのアルコベースとの抒情的対話になっていく。

With(Exit)は19分30秒。ショパンのピアノ協奏曲第1番第1楽章、ベルリオーズの幻想交響曲の最初の2楽章の合計と同じくらいの長さ。ある程度複雑な色彩とフィーリングとトーンを一つの作品とするには、この位の時間が必要かつ十分かもね。33回転LPレコードの片面というのが一つの人間的な単位だったのだろうと思う。今は、ぼくのセカンドハウス用サブPCですらiTunesでたまった音楽量が、(ずいぶん消したんだけど)5万曲200日とかとなっていたりするだけで途方もない感なんだけれど、世界標準では2000万とか3000万曲が定額聞き放題とかなっていて、ただただ絶句。

 

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