カテゴリー別アーカイブ: 最新山ある記

コルシカ島の紹介。別にまわし者ではありません。

恵比寿の日仏会館でコルシカ島の観光案内とワインの会があったので行って来た。フランス語ではコルスですね。

コルシカ – ナポレオニカ

コルシカ島はナポレオン・ボナパルトの生誕の地、ヴァカンスの目的地のひとつ、くらいの知識しかなったが、ナポレオン3世(ナポレオンの甥)の臨終の際(1873年、明治6年だね)にひい爺さんのひい爺さんくらいの先祖がその手を持ってあげたという、名家出身のアンリ・ド・ロッカ=セラさんのプレゼンでは、いくつかとても興味深い事実を知った。苗字にドがつくことから貴族の出だっていうことがわかるけれど、なかなかのハンサムだ。

1. コルシカがフランス領になったのはフランス革命前夜の1770年。それまでイタリアの自治共和国(ピサ200年とジェノバ500年)の支配を受けていたため、1970年代には独立運動もあった。今はフランスの一部だけれども、歴史文化面ではフランスではない、自分の風土・歴史に強烈な自負心を持っている人たちの土地であること。

2. こうした歴史から、言葉が古いラテン語から由来するイタリア系の方言であって、これもフランス語よりイタリア語に近い。また、村々には独自の結社があって、カソリックの行事などでは存在感を示す。この点も先ごろユネスコ文化遺産に登録された日本の郷土の祭りのあり方と近い。

3.世界初の憲法を作った国。18世紀ジェノバからの40年にわたる独立戦争の過程で、指導者パスクワーレ・パオリ(1725~1805)が1755年に起草。アメリカ独立宣言(1776年)にも深い影響を与えることになるルソーが、これを大絶賛し自ら別の憲法草案を起草した。

4.ナポレオンは本格的な民法典を作り、公共教育の普及、交通網の整備など近代的な国づくりを推進した。これらは歴史の教科書に出ていることだけれども、強烈な独立心のある風土のコルシカ出身の稀代の英雄が(フランスからすればよそ者が)、現在のフランスの基礎を作ったということ。

5.西海岸北部のポルト湾とスカンドラ自然保護区というフランスで唯一の世界自然遺産がある。四国の半分くらいの広さの島であり、急峻な山々(最高峰モンテ・チント2706m。日本の白山とほぼ同じ標高だね)がそのまま海に沈み込む地形(Mountains in the Sea 海の中の山々と言われている)、その地形から由来する豊かな水源、湧き水。温暖であること、海に囲まれていることから、豊富な海の幸、山の幸、畜産業。伊勢えび、ウニ(!)、チーズ、生ハム(スペインのハモン・セラーノと同じドングリを食べさせる製法だと)、自生するいろんな果物類からのジャム、などなど。いいですねえ。

6.日本から南米に移民した人たちがいたように、プエルトリコやペルーに盛んに移民したこと。ペルーのフジモリ大統領の後に大統領選に立候補した人にコルシカ移民の末商がいるとのこと。

ワインは横浜君嶋屋の提供で、赤白数種類が頂けた。主に2人の生産者から買い付けているんだって。今日はなかなか勉強になったし、美味しかったな。ヨーロッパは主要国の首都などではテロのリスクが減少しているとは思えないからコルシカなどはいいかもね。行こうかな。いやーかなり行きたい。

PokemonGO騒ぎにちょっとコメント

PokemonGOの騒ぎが一段落したのかと思う。

先週ニューヨークに行っていて、久しぶりのメモワールの題材として、当初は考えていなかったけれど当地でもニュースになっていたので、ちょっと書きます。

この超モンスタータイトルのおかげで、「ソシャゲ」(ソーシャル・ゲーム)が一気に沈むことに危機感を感じた(従来のモバゲーなんかからの広告収入が一気に細ってしまう)テレビ業界がネガティブ・キャンペーンを繰り広げたという観測がある。靖国神社でプレイしている人たち、それも外国人が多くいることについての懸念や、しまいには不特定多数が集まる場所はすべてゲーム開発段階からポケモンが現れる場所にしてはいけない、という議論も巻き起こっている。任天堂は7月22日、PokemonGoに係る業績の影響は「ない」と発表したため、ストップ安。7月7日終値14935円から1週間で25,000円、19日ザラバ高値32,700円まで高騰したが、今日も前日比5%を超える安値。

任天堂は権利保有会社のポケモンに32%出資しているだけで持分法適用子会社として応分のライセンス料などを開発会社の米国ナイアンティックからもらえるだけだ。有価証券報告書など開示資料を見ればわかることだけれど、期待だけでこんなに株価が上がってしまったのだろうか?1週間で時価総額が1兆4000億円増えた。個人投資家の中にナイーブな人たちがいたかもしれないが、全体としての動きからはこれは考えにくい。米国で大ヒットしていると爆謄させるネタをばらまいておいて、任天堂決算発表(7月27日)の前に任天堂自身が「業績に影響ない」「今期(2017年3月期)も最終利益350億円に変更なし」とわざわざ発表させ、一転して売り浴びせて「いじくっている」機関投資家の姿が浮かんでくるような気がしますが。米国内での報道にも、「投資家は任天堂がPokemonGoの開発をしたのではないことに気づき、株価は急落」[1]というのもあるにはあるが。

PokemonGoについて以下のような記事も注目。

  • アップルが米メディアに対し、世界数十カ国で公開済みのゲームPokemon GOの最初の1週間のダウンロード数がApp Store開設以来の過去最高だったと認めた。[2]
  • プラットフォーム(TVゲームの場合はゲーム機そのもの。任天堂、セガ、ソニー3強時代はそれぞれのゲーム機で遊べるゲームタイトルの人気が勝敗を分けた。現在はスマホで遊べるゲームが主体なので、アップル、アンドロイドがプラットフォーム)を持つ強みが如何なく発揮される。バロンズ誌によれば、ローンチ10日での市場浸透は2100万人(3億2000万人の米国人口の6%)に達しており、経験則から市場飽和が20%、1人1日当たり5セントを消費するとして今後2年間に30億ドルの収益をもたらすものと予想。[3]

この2つ目の記事にはPokemonGO以前の最大のモバゲータイトル「キャンディクラッシュ」は2013年と2014年のコンバージョン・レートが2%だったとしている。コンバージョン・レートとは課金に移行するプレーヤーの割合。通常は人気タイトルでもこのくらいだったのがその10倍の20%とはただただ強烈。フォーチュン誌によると、アップルのiTunesなどデジタル・ダウンロード収入は2013年で160億ドルを超えているとのこと。[4] アップルは音楽ストリーミングサービス収入がデジタル・ダウンロードを昨年初めて上回ったそうで、その他(従来のMacだとかiPhoneだとかのハードを作っている部門など)の3つが1/3ずつで、この2年ばかりは四半期合計500億~770億ドル位を稼いでいる姿になっている。

3億2000万人の2割の6400万人が時期はちょっとずつずれていくにしても、上記の予想の2年間ずーっとお金払って遊んでくれるヘビーなユーザー、ちょっとやって3か月くらいで飽きちゃうユーザー、その中間くらいの人たちなどなどの経験則に基づいたアサンプションで収益予測をしているはずだからあんまり狂うことはないのだろうと思う。

アップルのCEOティム・クックも笑いが止まらない様子で、昨日の決算発表では、「ポーケマン」とPokemonの「正しい」発音ができず、(ゲームなど若者の文化に疎い)オヤジみたいだと揶揄されていたようだが、[5] この拡張現実(AR)のゲームは信じられらないほどの現象となっていて、アップルは今後もこの分野(デジタルダウンロード)に投資をしていく、としている。拡張現実について、再確認したかったので元ソニーのエンジニアが立ち上げたVR仮想現実技術の会社のウェブをのぞいてみた。

AR(Augmented Reality:拡張現実)とは、「拡張」という言葉が指す通り、現実世界で人が感知できる情報に、「何か別の情報」を加え現実を「拡張」表現する技術やその手法。

他方でVR(Virtual Reality:仮想現実)については、「バーチャル(仮想)」も含めたあらゆる空間表現を、「まるで現実(リアリティ)であるかのように」体験するための技術や取り組みの総称だと。ARとの大きな違いは、「ARが現実世界をベースに、追加情報を付加」するのに対して、「VR(バーチャルリアリティ)は、様々な形で作られた現実のような世界」に、「ユーザ自身が飛び込む」という部分にある、という

ARもVRも人間の認知能力を支援したり刺激したりする重要な役目を果たすものであることはわかるだろう。日々人間は自分の五感で感知する情報(朝起きて、窓の外の天気の具合を見て、ニュースを見て、シャワーを浴び体調をチェックして・・・)をもとに、行動する。認知症や自閉症にもこの分野の技術が予防や治療に役立たせることができるはずである。「ポケモンGOは自閉症に好影響?」という記事を参考までに。

山歩きにARの利用はどうなのかな。今すでに利用されているGPSルートガイドにプラスして何らかの「情報」が価値あるものとなるとすると何か?ライチョウだ、コマクサの群生だ、というような「実際にそこまで行って、そこに実際にある(べき)もの」を体験できることが通常の山歩きの楽しみである場合が多いから、また、プロの山歩きの人は結構自分だけの秘密の場所(マツタケが採れる場所などは特に!)を教えない人も多いから、喜びの源泉となるものは共有されないと考えた方がいいかも。だから、ARは危険個所のデータを山歩き中に気象情報とリンクしてリアルタイムで警報を鳴らすなどの利用がお金が採れるビジネスモデルになるかどうか。でも危険かどうか自分の頭で判断できないようになるのは、逆に恐ろしいことではある。

[1] https://techcrunch.com/2016/07/25/investors-realize-nintendo-didnt-develop-pokemon-go-and-shares-plummet/

[2] https://techcrunch.com/2016/07/22/apple-says-pokemon-go-is-the-most-downloaded-app-in-its-first-week-ever/?ncid=rss

[3] http://blogs.barrons.com/techtraderdaily/2016/07/20/pokemon-go-could-add-3b-to-apples-revenues-needham/

[4] http://fortune.com/2014/04/20/how-much-revenue-did-itunes-generate-for-apple-last-quarter-2/

[5] http://www.marketwatch.com/story/tim-cook-pronounces-pokemon-like-a-dad-but-sees-possibilities-for-apple-2016-07-26

 

笈ヶ岳に行ってきた

懸案の笈ヶ岳(おいづるがたけ、1841m)に行ってきた。岐阜・富山・石川の三県境の山ですね。三県境の山では第11位の標高。ちなみに第1位は山梨・長野・静岡県境の三峰岳(2999m)。間ノ岳の南西にある。

4時半に駐車場発、ジライ谷出合から激登3時間弱。冬瓜(かもうり)山から派生するこのジライ尾根がブナオ山から延びる支尾根に合流するあたり(冬瓜平)からは久しぶりのアイゼンピッケル歩行。傾斜がきついところはキックステップ、ピッケルで一歩一歩確保しながら歩行しないと滑落するので、なかなか気が抜けない。頂上11:15着て20分休憩、下山はくたびれて17:40自然観察館着。こういうハードルートは登り下りで所要時間が変わらない結果になるのはよくあること。下山時のルート習熟が疲労によるペースダウンとオフセットされるということだね。

残雪期にのみ登頂可能であるとされているこの山のキツさのエッセンスは、①登山口620mから1500m付近までの激登激降下、数える余裕がなくなるほどの岩場ロープ箇所の連続、木の根むき出しのナイフリッジ②1500m冬瓜平からの雪上歩行中の滑落リスク③頂上稜線の(残雪がなくなっている場合の)ヤブ漕ぎ体力消耗の3点。ぼく的には①の激登激降下が、実にいやらしく(痩せ尾根のブナ・ヒノキの張り巡らされた木の根!これが滑るんだ、特に冬靴の底は平らなのでなおさら)、ことさら下山時は精神的に参ります。③についても、今年はどこもそうだが、残雪が少ないため頂上稜線に出る2か所くらいに激ヤブがあり、かつ稜線上も雪が腐っているところなども気が抜けなかった。残雪の状況は例年の5月末に相当する位に少なく、現時点では冬瓜山・シリタカ山を越える稜線ルートは危険につき利用不可、ぼくらが利用した冬瓜平経由巻き道利用が適当と判断している方が多い。

ちなみに笈ヶ岳頂上から北に延びる稜線は大笠山(1822m)に続いている。最低鞍部が1550mで小ピークが2つあるが、ずーっと踏み跡すらない、笹と灌木のジャングルとなっているところ。昨年10月にあの田中陽希さんがグレートトラバース2「200名山一筆書き」プロジェクトで桂湖から大笠山泊で翌朝笈ヶ岳に8時間かけて攻略に成功。彼のようなスーパーマンをして「厳しい戦いを経験して、やはり計画当初から「最難所となるだろう」の予想通りの山だった」と言わせている。 (出所)ぼくなどの少しばかり山歩きの経験があるくらいでは、当然「自然保護センター中宮展示館からの通常の残雪期アタック対象」であって、かつ天候、ルート、体調それぞれをうまく管理して登る対象。また、ウェブ上には笈ヶ岳西尾根(清水谷)の無雪期の記録もいくつか見られる。これも地元の経験者が中心の歩き方になるだろうね。

行ってみてわかるけれども確かに名山であり、おすすめだが相当にコンディションを整えて行くことが肝要。コンディションは自分でなんとかできるが、直前の天候等によるルートファインディングのリスクや登山口までの足をレンタカー含めてゴールデンウィークに確保する面倒とリスク、などなどを考慮して今回はツアー山行のガイドをリスクヘッジとして使用した。13人の大所帯となったけれどその中でぼくのような外様は3、4人。残りの10人くらいは参加頻度は違えど「常連」さん。今回登頂した方々はぼくらプラス夫婦1組、5人くらいのグループ1組、若者2名1組(軽アイゼンまたは6本爪しかなく途中撤退)、下山時に冬瓜平でテント泊3張り(午後3時頃にスルメを焼いていて、いい匂いではあったなあ)単独者が3名だったかな。全部で30人くらい。4月から5月にかけて週末とGWに集中する山で毎年の人出は300人、500人という感じなのだろう。勉強になりました。

笈ヶ岳ルート
笈ヶ岳ルート
冬瓜平から。左端が笈ヶ岳ピーク。
冬瓜平から。左端が笈ヶ岳ピーク。
シリタカ山肩
シリタカ山肩から望む頂上稜線。まだ遠いなー。
笈ヶ岳 (768x1024)
笈ヶ岳ピーク(1841m)
大笠山へ続く稜線。田中陽希さんの激闘8時間のジャングル。
大笠山へ続く稜線。田中陽希さんの激闘8時間のジャングル。

記録(2016年4月30日: 晴のち曇り一時にわか雨)

中宮展示館発 4:25
ジライ谷出合 4:51
冬瓜平 7:34
シリタカ山肩 9:45
笈ヶ岳 11:15-11:35
冬瓜平 14:15
中宮展示館着 17:40

40年ぶり位の高尾山

GWの笈ヶ岳山行の前に、少しばかり足慣らしをしようと思い、大学生の時に行ったきりだった、高尾山に行ってみようと思い立った。20キロ位のルートを考えて、ヤマレコなどを参考に南高尾山稜を城山まで行って高尾山経由1号路で高尾山口まで戻るループで行くことにした。これだと16キロ。ミシュランに載って以降激混みだという情報は聞いていたので、できる限り早朝にスタートすることにして高尾山口に6時半着。草戸山までの道はなかなかいい感じ、トレランの中年男性に抜かれるまで誰一人会わない静かな道。いいねえと思っていたら西山峠あたりから2人づれの老人が何組か、大垂水峠から城山への上り返しはそれなりにきついけれども、いい感じのヒノキ並木(この城山(670m)は小仏峠のそばだから小仏城山とも呼ばれる山だけれど、津久井城があった津久井湖の南の城山(375m)には江戸幕府直轄の「江川ヒノキ」が残っている。この土地はそういう伝統なのかね?)が続いて、11時前に到着した山頂広場では、桜と花桃が満開で美しい。春霞で富士山の眺望は得られなかったけれども、丹沢の山並み、大室山など道志の山々はまずまず見える。早めのランチを終えてさて帰ろうかと下り始めたら、10人、20人の団体さんがどんどん登ってくる。こんにちは攻撃(登ってくる方々は善意で言ってくれているのだけど、こちらは、ひっきりなし挨拶状態になるのです)に疲労しながらも、高尾山頂は40年ぶりくらいに、踏まないとな、それで薬王院も拝んで、と思ってモミジ台では小学校の遠足部隊に遭遇、山頂大見晴台は別の小学校と大人の30人、50人くらいの団体さんが所せましとシートを敷いてがんがんビールを飲んでいる。薬王院から下は中国の方、フランスの方、おしゃべりしながら行列で登ってくるよ。何が何だかワカラン状態です。

というわけで、結論:高尾山は山歩きには向きません。都市公園です。南高尾山稜から、城山までは静かでまあまあの道なので都心からのアクセスが良好なことも含めおすすめできるけれど(途中の津久井湖岸をズーっと続くトラバース道は退屈)高尾山(特に山頂)を通って戻るのはやめて、稲荷山コースで高尾山口駅にもどる、東海自然歩道を千木良(ちぎら)経由相模湖駅に降りる、日影沢を降りて旧甲州街道をのんびり高尾駅まで歩く(これで20キロくらいかな)、というオプションがいいのではないかと思います。

南高尾城山高尾山ループルート
南高尾城山高尾山ループルート
草戸山
草戸山
中沢山の聖観音菩薩とヤマツツジ
中沢山の聖観音菩薩の後ろ姿とヤマツツジ
相模湖と背後の笹尾根の山並み
相模湖と背後の笹尾根の山並み
感じのいいヒノキ林(植林だけど)
感じのいいヒノキ林(植林だけど)
城山山頂広場の桜
城山山頂広場の桜
城山山頂広場の花桃
城山山頂広場の花桃

記録(2016年4月20日: 晴)

高尾山口発 6:50
草戸山(364m) 8:03-8:08
三沢峠(420m) 8:27
西山峠(475m) 8:50
中沢山(494m) 9:20
コンピラ山(514m) 9:37
大垂水峠 10:00
城山(670m) 10:40-11:00
一丁平 11:12
モミジ台 11:30
高尾山(599m) 11:40
高尾山口着 12:40

 

中岳奈良助沢登山口          アクセス林道状況の探索

日曜は天気もまずまず気温も上がるようだったので、計画していた中岳奈良助沢へ。クマさんなどのリスクヘッジで地元のTくんとタッグを組む予定だったが、彼は家の用事ができたためぼくの単独行となったので、のんびり一人で探索してきた。JR花輪線田山駅そばから県道195、結構有名な花輪鉱山跡(オフィスは新調されて立派なものになっていた)から、さらに奥へ、瀬ノ沢林道出合に到着、その先花輪越に上っている100mくらい先で通行止め。軽トラックが3台止まっている。除雪とかの工事の人かな?と思っていたがぼくが探索行を終えて車に持ったときにちょうど彼らが帰るところだったが、肩に猟銃。あとで聞いたTくんの話だと、いまは狩猟期ではないから、害獣駆除の人たちだろう。春クマと北東北3県境くんだりまで進出しているニホンジカが目的だろうね、と。たしかにこの辺にはカモシカしかいなかったはずなのだけど、今日もシカのケーンという鳴き声がたびたび聞こえたなあ。

で、奈良助沢登山口までの探索行。片道8.4km。長い。今年は雪が少なかったのだけど、どうしてどうして林道の残雪は瀬ノ沢林道に入って100mもいかない最初の橋の(イタヤ沢にかかっている)小繋橋あたりから30センチ、奥に行くにつれて1mくらいまで残雪あり。雪崩で数m盛り上がって道路をふさいでいる箇所が4か所、さらに1か所は長さ20mくらいの倒木がどっかーんと。あれあれ。いたるところに最大直径30センチくらいの落石。動かせる岩は沢に落としたり、脇に寄せたりして林道整備にも精を出しました。朝は0度近くまで冷えたので雪は締まっている個所が多く、ツボ足でもそんなに苦労はしなかったが、帰りは気温上昇で腐れ雪になり疲労度も上昇。でも平年なら残雪も倍はあるはずで、4月上旬のこの段階ではもっともっと難儀したはず。上記猟師さんたちの話でも、冬季の雪崩による倒木で通行できなくなるのは毎年のことらしい。

探索の結果、堰堤までの倒木、雪崩箇所がクリーンにならない限りは車では登山口までのアクセスは無理。Tくんの観測では、倒木のちょっと先の堰堤取水堰から上台の秋田県柴平発電所に水を汲みあげているからその管理のために作業が必要なはずで、倒木がその手前にあるから、除去作業が行われるはず、と。そうだなあ、中岳の登山道は相当のヤブになっていることからすれば体力温存して中岳アタックに臨む必要があるから、登山口まではスムーズに軽トラなどでアクセスしたいところです。いずれにしても、あと1か月は林道の障害物は除去されないんだろうから、6月のタケノコシーズンに合わせて行くとするかなあ。中岳の四角沢あたりから採れるものは「四角のタケノコ」は知る人ぞ知る名品だし。(形が四角なではないよ。当たり前だけど。でも四角な茎だとなんかファンシーだね。)

中岳奈良助沢登山口へのアクセス状況
中岳奈良助沢登山口へのアクセス状況
小繋橋
小繋橋
2雪崩箇所
雪崩箇所(この他に3か所あり)
3倒木
倒木
4郡壁沢分岐
郡壁沢分岐
5奈良助沢分岐(前ノ沢支線)
奈良助沢分岐(前ノ沢支線)
6滝の沢1号橋
立派な滝の沢1号橋
登山口1(2万5千図に記載のあるつづれ折)
登山口1(2万5千図に記載のあるつづら折)
8登山口2
登山口2(806mピークに上がる尾根)

探索行記録

瀬ノ沢林道出合                  10:15

中岳奈良助沢登山口        12:55-13:15

瀬ノ沢林道出合                  15:15

 

日本最北の3県境の山四角岳(1,003m) 2016年第1回は 中岳・奈良助沢から行こうかと・・・

3県境地点が日本には48か所あるけれど、おらが故郷の四角岳(1,003m)は最北地点。奥羽山脈主稜線上にあるこの山もクマさんがたくさん出回るので、クマ鈴、笛やら、ラジオやらうるさくして登山道上にお出ましにならないようにしながら歩くしかない。昨年6月の初登頂時も、1週間ほど前に秋田県鹿角市大湯から入る不老倉登山口の米代川源流地点で下山後クマと鉢合わせ、格闘になってケガをした方がいた。(北海道のヒグマと「格闘」となることはありえませんが・・・)この方は自宅のある大館市まで(30キロはあるよね)運転して帰宅して(すごい!)病院に行ってその結果ニュースになっていました。なので、このとき単独行だったぼくは、まず朝夕のクマさんの食事時間を外し、クマ鈴2個をストックに1個つけて手でジャラジャラ鳴らし、もう1個をザックにつけて歩行の動きで鳴るようにし、さらにオーイ、とかホーとか「声掛けを徹底」してまるで登山者が3人も4人もいるようにクマさんを騙して?歩いたのでした。

四角岳は三県の県境の市町(秋田県鹿角市、岩手県八幡平市、青森県田子町)が6月に美化登山をしているようだ。調べてみると、3県の日本山岳会支部が話し合って、2010年6月に親睦登山を始めた、昭和40年頃まではまだ四角、中岳直下には不老倉・四角鉱山があって一部まだ採鉱をしていたとのこと。(出所)もう50年も前の話。今は釣りや山菜取りの人たち、そして登山客しか近寄らない地域になっている。実際のところ、昨年の初登頂時も、国道103号線大湯温泉からの道は1kmほどで人家は消える。それからの砂利道が10kmくらいで次第に細く、整備の対象にならない山奥の林道によくある道路中央部が盛り上がり草ぼうぼうになってくる中をゆっくり走るから小1時間かかる。6月はタケノコの最盛期でクマさんもタケノコグルメの毎日で忙しくあちこちに出没すること必定。何十人も参加する美化登山ならクマさんも人間には近づかないだろうが、ぼくとしては単独行で、かつ登山目的ではしばらく人が行ってないように思われる奈良助沢左俣からいきたいが、リスクヘッジで地元の友人とタッグを組むとするか。冬眠から出てくるのが4月中旬から5月にかけてと言われているから、4月初めのうちに今季の足慣らし山行で行こうかなあ。うーん。

shikaku_narasuke
奈良助沢からの中岳・四角岳

 

登山ストリーミング・ビデオの可能性?

今朝見たBloomberg BusinessにWhy Is Amazon Livestreaming Julia Child and Bob Ross?(なぜアマゾンはジュリア・チャイルズとボブ・ロスのライブ・ストリーミング配信するのか)という記事が出ていて、興味深く読んだ。

ジュリア・チャイルド(1912~2004)は、第二次世界大戦直後に外交官の夫とパリに住み、料理を勉強してアメリカにフランス料理の素晴らしさを紹介し、また、料理には新鮮な食材を用いるよう提案した「アメリカ料理の母」と言われる人。「素晴らしい料理とか、複雑な料理を作る必要はない。新鮮な素材があれば美味しい料理ができるもの」というのが口癖だったという。3つほどテレビ料理ショーを放映していてアメリカの女性には知れ渡った存在なのだ。メリル・ストリープがジュリアを演じた映画「ジュリー&ジュリア(Julie and Julia)」で見た人もいるかも。3年前の生誕百年のときには全米のレストラン100店舗では「ジュリア・チャイルド・レストラン・ウィーク」を開催するなど盛り上がった。そのときの記事はこれ。スミス・カレッジ(マサチューセッツ州西部の名門女子大ですね)を卒業後、現在の米中央情報局(CIA)の前身にあたる戦略情報局(OSS)にタイピスト兼研究員として務め、スリランカと中国に派遣されたことがあった。この時代の外国滞在経験がジュリアの味覚を豊かにしたことは明らかなことだろう。異質なものとの出会いが創造を促すのですな。

ボブ・ロス(1942~1995)は、「ボブ・ロス画法」と呼ばれる油彩の画法を紹介し、テレビ番組「ボブの絵画教室The Joy of Painting」で有名になった人。80年代に番組と連携したハウツーものとしてアメリカの本屋に平積みになっていた記憶がある。この番組は90年代にNHKでも放送されていたみたい。ぼくは全然知らなかったけれど。

映像コンテンツは音楽、ゲームなどスティッキー(懐かしい用語ですな。人気があってそのサービスの固定的なファンとなるような)なコンテンツのデファクトな(これまた懐かしい。その市場の標準・勝ち組となる、ということ)サービス・ブランドとなる競争が激化している、という背景があって、アルファベット(グーグルなどの持株会社)傘下のYouTubeがこの世界で先行していたのは皆さんご存知のとおり。アマゾンが2014年にTwitchを10億ドルで買収してビデオストリーミングのビジネスに参入、さらにこのビジネスを強化するためTwitchクリエーティブというサービスを投入して、それまで中心だったゲーマーのオーディエンス(当然男性が9割)から、アーチスト、ミュージシャン及びシェフの人たちの支持も獲得しようとしている、というわけだ。ジュリアとボブのコンテンツで、料理や絵画の好きな女性が多く参加してくれることを狙っているのも当然だ。

料理する=Cookという言葉は、「手に入る素材をどのように確保して、どのような場面にどんな味わいで提供するか」という創造活動全般に適したコンセプト・ワード。田中陽希さんのアドベンチャートレールがあれほどの人気があるのも、「うまい人はどうやって対象とするトレイルを料理するんだろう?」という好奇心から。マイルス・デイビスの1950年代プレスティッジ4部作にはCookin’ With the Miles Davis Quintetがありますな。ジャズも素材(原曲)をどんな味付け(メロディ、和声、リズム、プラス、インプロヴィゼーション)で仕上げるか。絵画も、ぼくは素人ではあるけれど、写実性、明暗、光沢、密度、等々から一つの作品を作るという点で同じ。昨年のボブの誕生日(10月29日)にはボブの絵画教室コンテンツを延々200時間(30分番組の400コマ)も流しており、この「お絵かき実況チャンネル」に5万人も視聴者が集まっている。スティッキーだよね。

では、登山コンテンツがストリーミング・ビデオで脚光を浴びるようになるのか?

登山口以降の登山ルートの前段階として、ぼくはすでにアプローチのクネクネ狭隘林道のリサーチで何回か利用させてもらって助かっている。奥茶臼山(2,474m)登山口のしらびそ峠までの下栗の里からの林道の状況だとか、ね。また、登山口からのアクションについても、例えば田中陽希さんの日本百名山、二百名山ひと筆書きを見れば、彼のそれぞれの山のCookin’の味付けの様子を一部始終見られる魅力は上述のボブのお絵かきと同じではないか。さらには学ぶという点で、教則本よりもビデオ・コンテンツの方が情報量が多いことも有利。山岳ガイドさんが要らなくなってしまうのではないかということもあるけれど、3.11の際に既存メディアが殆ど報道しなかった事実を中継市民ボランティアが中継放送したことなども含めて、情報の民主化の点でも重要な流れだと思うこの頃です。一方で、多種多様なコンテンツの真贋を見極め、自分の力量に見合ったコンテンツを利用する能力を磨くことが、さらに大事になってくるのは当然のことだと思う。誰でも簡単に田中陽希さんになれるとは思わないよね。

思い出深きカムエク山行        あ、ぼくらの山頂での写真が!

ここ数年、夏の日高山脈の山歩きを続けてきた中、3年前に敗退したカムイエクウチカウシ山(1,979m)に昨年9月初めに再挑戦して、天候もまあまあの幸運に恵まれて登頂に成功。でも、下山中、1000m三股の少し上のトラバースで滑って肩を脱臼してしまうというアクシデントを経験し、同行した苫小牧の2人の友人と登頂前日に八ノ沢出合で偶然一緒になった、かの有名な花sakagさんにヘルプを頂いて無事に下山した。約20年山歩きをしてきて、大きなケガは聖・赤石・荒川三山の2泊縦走を終えて3日目に千枚小屋からのんびり下山し(天気も良かったな)、清水平の先の林道横断場面で林道に降りる鉄階段で滑ってザックの下敷きになった指を骨折したときと今回のカムエクの合計2回かな。20年毎年25回山に行ったとして、かつ個々の山の行程リスクを平均的だと仮定して、500回の3シグマ(0.997)から計算される理論的なリスク発生が1.5だから、なんとなくそんなもんかな、という感じもするが。荒川三山のときは指の骨折で、歩くのには問題がなかったから必死に痛みを我慢して静岡まで運転して帰宅した。カムエクの時はケガをした地点がまだまだ気が抜けない場所がいくつもあったから、右手だけのストックワークで痛いほうの左腕を最小限に使って3点支持するしかなかったのでとても緊張した。八ノ沢出合に到着しテン泊中も痛みで殆ど眠れなかったけれど、ケガをしてから丸一日かかり(カムエクだものね、文明の地までたどり着くのもそのくらいかかる)苫小牧に帰着、整形外科で整復してもらってリハビリの経過をたどってなんとか回復。

ぼくのカムエクでのケガをリスクマネジメントの観点から見たときの、根本原因は?再発防止策は?と考えてみようか。トラバースで滑った場所は幅はせいぜい50センチくらいしかない、山側はササ、下山中の右になる谷側は灌木・草付き。少し左に曲がった曲線で距離は10メートルくらいかな。草付きの草にズルッと滑って支えようとした左腕の肩が脱臼した訳だけれど、原因が「滑る」事故を想定した装備・歩き方をしていない・・・装備の点ではスパイク長靴を使用したが、渡渉などの行程を考慮すれば通常の登山靴使用よりもリスクレスポンス能力が高い選択を取ったはず、また歩き方の点では50センチの幅のなるべく山側を歩くという対応が考えられるけれど・・・でも山側のササの枝も滑るからね。これは100%実効性があるとはいえないかも。それと、確かに登頂後の下山中はどうしても「気が緩む」とかテン場・登山口へ「気がせく」ことは無意識の中でもあるかもしれない、それが瞬間的な不注意に結びついたかもしれない・・・でもあの場面はテン場の八ノ沢出合までまだまだ難所があったから、そんなのんびり気分ではなかった。むしろ「滑る」事故を想定していても、実際に「滑る」ことを100%は防止できないから、またリスク対応策(歩き方、保持策・・・)も100%大丈夫ということはないから、事故が起きたときに、その事故の状況を的確に判断して、利用できるリソースを総動員して事故の対応を図るという実践的な知恵の方が大事ではないかと思う。その点からすれば再発防止は、同じ実践的知恵を、異なった場面状況に的確に応用できるための不断の訓練、ということになるね。

さて、思い出満載の昨年のカムエク山行なんだけど、花sakagさんが北海道新聞(札幌圏版)、各週金曜日連載の「ほっかいどう山楽日記」をまとめて出版する計画があるとのこと。そのページになんと、ぼくらと一緒に撮影した山頂の一コマがあるではないですか!いやあ、このときはやった!感に満ち満ちているね。その後の苦難が待っているとはつゆ知らずだ、まったく!苫小牧の友人の一人も何回もトライしては天候などに阻まれて初登頂だったしね。ぼくらの仲間の福島のベテラン山岳ガイドの方が看板屋さんに作らせて、もう一人の苫小牧の友人がこれを担いで登って、この写真の直演に設置したアルミの山名板も美しい。

kamueku plate

本当に思い出深い山、カムエク。八ノ沢カールから尾根上に出るとピラミッド峰、1823峰、コイカクシュサツナイ岳と続く稜線が見えて超カッコよかったなあ。またの機会に上二股、夏尾根でコイカクからピラミッドまで行こうかというハナシも出たけど、軟弱なぼくには八ノ沢・カムエクより容易とはいえど、依然ハードルが高いなあ。でも行きたい気もする。

ピラミッド峰(左)~1823峰(右)さらにコイカクに続く稜線
ピラミッド峰(左)~1823峰(右)さらにコイカクに続く稜線

今年の山楽レビューと来年のプラン:南ア椹島までの狭隘クネクネ県道について

年末年始は何事についても今年のレビューと来年どうするか、ということを考えるタイミング。今年の山楽については(1)北海道の200名山が完了できたこと、(2)白樺荘ベースで大無間山と椹島ベースで笊ヶ岳をそれぞれ日帰り、合計3泊で完了できたことがアチーブメントだったかな、と思っています。とくに大無間山を崩壊著しい鋸歯尾根を使わずに北東尾根利用で(webに情報を掲示してくださった皆様に感謝)行くことができたことはうれしい。だって単独行だし、ルート自体に物理的リスクが高いものをわざわざ選択したくないから。反省点としてはルート確認が難しい場合に利用しているガーミンGPS(日本正規代理店のものはバカ高いので米国出張時に買った英語版OREGON 450を日本語化)が、畑薙第二発電所からの送電線がGPS電波を干渉して、数十メートルルート誤差を生じさせていたため、第二鉄塔からうろうろした挙句、明神橋そばの送電鉄塔巡視路取付きに降りるルートを外してしまい、ルートを探しあてるまで45度くらいの急傾斜のザレをヒーヒー上り返すはめに。高電圧の送電線の場合GPSは狂うことがあるので、視界が利かない時は特に注意しなければならないと思います。

小無間北東尾根1805Mピーク
小無間北東尾根1805Mピーク

来年は残雪期オンリーの北陸の笈ケ岳と毛勝山(最近は夏道で12時間コースもあるようだけど標高差1600メートルはうーんキツイ。大無間も同じくらいだけど。)をゴールデンウィークあたりに完了して、あとは奥大日岳、雪倉岳の北アルプス2峰、上河内岳、池口岳の南アルプス+深南部各1つで200名山完了。

ところで、南アは存在感のあるいい山が多いのは魅力だけれど、椹島までのアプローチが嫌いだよホントに。まだ、長野側の易老渡の方が個人的には好きだなあ。易老渡も何年か前の台風豪雨の復旧作業員の方に死者が出たり、路肩が崩壊したりしてよく通行止めになっていたけど。いずれにしても体を楽にしてかつ時間と行動の自由を確保したいからレンタカーしていくのが最近のパターンで、井川湖御幸線(県道27号)は狭隘クネクネが延々と続く路線で3年前の聖・赤石・荒川三山縦走のアプローチのときに夜かつ雨模様のときに走行することになってホトホト死ぬ思いをしたので、今年は同じく狭隘でも路線バスも走っている県道189号線(三ツ峰落合線)の方がまだいいかと(でも山越え峠道でこちら側がガケになっている場面で対向車線にダンプが急に見通しの悪いカーブから出てきたり!ギエー!)。でも地元ではおばちゃんもこの狭隘クネクネ道路を平均60キロで走っているので驚異。慣れるものなんだろうな。

音楽山楽

音楽ライフは小学2年のビートルズに始まり50年、秋田・岩手・青森三県境の奥羽山脈主脈の麓に育ったわりに(だからこそ?)、山の魅力は不惑の年恰好まで知らずに来たため、山楽ライフは20年。200名山完登までは6つほどピークハントのカウントダウンは続けて、その後は東北の藪山をナタを手にのんびり歩こうかと思っています。ちなみに日本三県境の最北がわが故郷の四角岳(1003m)です。